占領期図書館政策研究の意義と方法

                   根本 彰

 

 

 

1 はじめに

 戦後50年が過ぎて、占領期はすでに「同時代」ではなく本格的な歴史的検証の時期に入っているというべきである。戦後の図書館制度確立期は、占領体制とその後のポスト占領体制(「55年体制」)にまたがっていた。冷戦体制の崩壊が歴史の新しい段階を示唆しているとすれば、戦後図書館史も再度新しい視点で検討する必要があるだろう。

最近、歴史的な制度全般の見直しを受けて図書館制度にも変化が見られるようになっているが、それらの制度の多くが占領期に出発点をもつことに注目すべきである。一昨年、改正された学校図書館法は、占領期の学校図書館運動の高まりを反映して法が成立しながら、ちょうど55年体制に移行する時期であったことも手伝って、制度化が中途半端なものに終わったものである。これが改正されたことで、占領期における学校図書館運動の理念の重要性が45年ぶりに確認されたということができる。現在の教育改革が占領期の教育改革の再評価という性格をもっていることがここに示唆される。

ところが、図書館法については、占領期に成立したにも関わらず、占領政策の変化からこのような文化立法が後回しになり、十分な財政的な措置と制度化のためのガイドラインが示されなかった点で同様に中途半端な制度化が行われたといわれる。その後このような法的措置に頼ることはできないとの判断から、日本図書館協会は1960年代に一連の独自の図書館振興策を提案した。これは1960年代末から70年代にかけて各地の自治体で採用された。このようにして日本の公立図書館は貸出を中心とするサービスを確保することができた。

しかしながら、これが最近の地方分権/規制緩和の動きにおいて、図書館法制定時点で確保されたものがさらに後退するという事態になっている。とくに図書館法で確立させることができた司書という専門的職種の評価に関してはいっそう後退をみせている。

 2つの図書館関係立法において、一見対照的な動きを示しているわけである。成立後40年以上が経過して、このような違いが現れるのはどうしてなのか。

 もちろんこの違いは、司書教諭という専門職の全校配置にこだわって法成立後45年間一貫して運動を継続してきた全国学校図書館協議会(全国SLA)の方針と、司書の専門性の確保と自治体への配置よりも図書館設置と貸出という方法によるサービスの普及を優先して運動を繰り広げた日本図書館協会(JLA)の方針との相違からくるものとの見方がありうるだろう。また別の見方によれば、その相違は究極のところ、明治以降の学校教育優先の教育政策のなかで形式的には専門職として確立されてきた教員という職種と社会教育行政の末端に置かれてその専門性の認知が十分なされなかった司書という職種の違いに帰着するものかもしれない。

 だが、これら二つの図書館立法が占領期のCIEが進めた図書館政策を背景にして進められたことは間違いない。占領期に国立国会図書館法が成立し、これに基づき国立国会図書館が創設された。さらに、CIEが直接運営する図書館サービスが全国各地で実施され公共図書館サービスのモデルが示されたこと、CIEと文部省の共催による教育専門職員養成講習(IFEL)において図書館学が導入されたり、東京大学、京都大学の教育学部に図書館学講座ができて教育学のなかに図書館学が位置づけられたこと、慶應義塾大学にアメリカ図書館学を教授する図書館学科がつくられ本格的な図書館学教育が始まったこと、というようにアメリカの図書館制度が導入され、またアメリカ図書館学が日本の高等教育に位置づけられたことも事実であり、占領期が図書館制度の大きな推進期であったことは間違いない。

こうした戦後の図書館政策あるいは図書館運動もまた「戦後改革」の一環として現れたものである。その背後にある占領軍の図書館政策とはどんなものだったのか、それがどの程度占領期に実現し、また55年体制のなかでどのように変化したのか、そして現在の「改革」はそれらに照らしてどのような方向に向かって走り出そうとしているのか。これらを明らかにすることが必要であろう。

見方によっては、日本の近代においては英米の産の図書館という制度を日本という異質の文化的土壌で育てる過程であったと捉えることができよう。それでいえば、戦前までは図書館制度の土壌づくりの時期であり、占領期は種まきの時期であり、その後は生育の時期であるととらえることもできるだろう。図書館という芽は大きな果実を産んだのか、発育不良のまま枯れかかっているのか検証するために、とりあえず種まきの時期を見てみようというのが本研究の意図である。本稿は、そうした研究を今後展開していくための予備的な作業として、図書館史およびそれ以外の関連分野の先行研究の状況と従来図書館史ではほとんど利用されていなかったが利用可能な資料の概要をまとめたものである。

2 占領史研究の概観

2.1 占領史全般

第一期の占領史研究は、占領終了後の1950年代から始まっている。見るべき成果としては、憲法制定について日本側の資料や当時の関係者の証言を分析した研究や大蔵省で行われた経済・財政改革についての総合的な研究、思想の科学研究会による占領期の共同研究や東京大学社会科学研究所を中心とする共同研究がある。教育史においても、東京大学教育学部のスタッフを中心とする共同研究が行われている。この時期の研究は、改革に関わった日本の関係者によって提供された資料をもとにしたものである。 第二期の占領史研究は、竹前栄治、袖井林二郎、天川晃らによる占領史研究会を連絡の場とする活動が重要である。彼らは、外交文書公開の30年ルールや米国の公文書公開規則によって、公開が始まった米国側の史料を博捜するとともに、戦後改革に関わった日米の関係者に積極的にインタビューを行うことによって、第一期の成果を補強し、また一部修正することを行った。その成果としては、袖井、竹前などがある。各分野の研究があるが、特に憲法、外交、財政、労働、教育、メディアなどの分野の研究が盛んである。なお、占領史研究会は1992年にその役割を終えたということで解散している。

2.2 GHQ/SCAP文書他の新資料

1978年からは米国国立公文書館(現National Archives and Records Agency)に置かれていたGHQ/SCAPの膨大な原文書をマイクロ化する作業が国立国会図書館によって開始された。マイクロ化作業とともに、簡単な索引付与も行われたので、現在、同室を始め、国内のいくつかの大学に置かれたマイクロ資料コレクションでは、原史料の閲覧が一応可能な状態である。

このコレクションは占領軍が残した文書そのものであり、占領政策研究の第一級の情報を含むものではあるが、次の二つの大きな問題をもっている。第一に、コレクションは占領終了後、箱詰めされてNARAに送られたものであるが、占領期間中発生した資料のうち最後まで残された資料はどういう種類のものなのか、また、残された資料からどのような基準で現在のマイクロフィッシュのコレクションがつくられているのかということである。現時点で利用可能な資料は玉石混淆で、玉といえる資料は多くはない。本当に重要な資料がどの程度含まれているのかはよく分からない。

第二に、現在の検索体制ではそこから有力な情報を引き出すことは相当に困難なことである。マイクロ化の過程で各資料にはフォルダー単位で資料の分析が行われ分類コード(ex.図書館なら880)や資料の形式コード(ex.書簡、報告書、メモなど)が付与されたものが目録として作成されている。これは手がかりとして重要であるが、フォルダー単位の分析なので、フォルダーに含まれる個々の資料までの評価には及んでいない。

本報告書の第2部に、同コレクションのCIE文書に含まれる図書館関係資料の解題と目録を掲載してある。ざっと900点あまりの資料を掲げているが、その中に今まで知られていなかったCIEの図書館政策を明らかにするのに決定的に重要な資料はそれほど多くはない。だが、図書館担当者(Libraries Officer)がどのような業務を日常的に行っていたのか、彼らが日本の図書館関係者の活動をどのように評価していたのか、CIEの上司や他の担当者とどのような関係にあったのかといったことを知るための貴重な資料が含まれている。日本側の資料とつきあわせて検討する価値は多々あると思われる。

これ以外にも、1980年代以降、占領期の重要文書の復刻やマイクロ形態による出版が行われている。そのなかで注目すべきものは、占領終了時に占領軍が残した正史とも呼ぶべき報告書の翻訳刊行が進んでいることである。この資料によって、占領軍当局が自らの政策をどのように評価していたのかを知ることができる。第20巻の「教育」には図書館について評価した部分があり、これも図書館史ではこれまで言及されておらず重要である。

教育関係の復刻史料については後ほど触れる。

2.3 関連領域の研究

 図書館政策の関連分野としては教育史がもっとも重要である。占領教育史については包括的な書誌が発表されているので参考になるだろう。そのなかには、図書館政策についての文献も挙げられている。また、最近の研究動向についてつかむには久保・土持、杉原ほかの座談会が役に立つ。

先に述べたように教育史研究においては、1960年代後半から1970年代初頭にかけて、東京大学教育学部のスタッフを中心にした「戦後教育改革」の共同研究が行われた。全10巻にわたって日本側の資料を博捜してまとめた浩瀚な研究で、戦後教育史の原点を構成するものであった。だが、これらの研究は、日本側の資料が中心であったところに特徴があり、米国の占領政策全般の解明は必ずしも十分には行われなかったということができる。たとえば、CIE関係者のなかには本国に帰った後大学に戻り自らの体験をもとにした博士論文を執筆した人が多いことが分かっている。このシリーズの刊行当時すでに利用できたはずの論文もいくつもあるが、そこではアメリカ側の研究成果についてはまったく言及されていない。

このなかの『社会教育』の巻には小川剛による「図書館」が含まれており、すでに第一期の教育史の研究において、教育改革のなかで図書館が一定の位置づけをもっていたという評価は行われている。これは、このプロジェクトの中心にいた海後宗臣が占領教育政策に関わった当事者であると同時に教育学の研究者であり、さらに日本図書館学会の初代会長を務めた人物であったことと関係あるだろう。図書館学と教育学との関係については、筆者が整理した論考を参照されたい。

 1980年代中頃以降になると、教育史においても公開が始まった米国側の資料を利用した研究が発表されるようになった。鈴木や久保は、第二期の本格的研究の始まりを告げるものである。また、阿部や土持など、視点を変えたいくつもの研究が続いている。

その間、80年代後半に、国立教育研究所の佐藤秀夫を中心とする研究グループは、占領期教育改革に関する在米史料の調査を行い、対日教育使節団の団員やGHQ/SCAP民間情報教育局教育課のスタッフの一次資料を多数発見している。それらの成果を引き継いで、現在占領期の教育史については、明星大学の戦後教育史研究センターが中心になっている。また、佐藤や土持らのグループが米国で収集した資料のなかで重要なものはマイクロ化されて、丸善を通じて販売されている。

図書館史と関係が深い社会教育史に関しては、名古屋大学の社会教育学研究室が中心になって第二期の占領期研究が行われている。これは、上記の占領教育研究に触発されて、GHQ/SCAP文書やTrainorコレクションを利用しての共同研究で、その成果は同研究室の紀要として発表されたあと、全3巻のシリーズとしてまとめられている。これらのなかには社会教育政策との関連で図書館政策への言及も見られる。たとえば、第二巻に納められた井内慶次郎氏の講演では、彼が社会教育法とともに担当した図書館法について重要な証言を行っている。

ただ、研究としては社会教育法の成立過程に図書館関係者の運動と主張がいくつかの影響をもった点についての分析は十分行われていない。これは、従来、図書館史としても社会教育法が先行して法制化された点についての言及が十分でなかったこととも対応していると思われる。今後は両者の関係をもっと関連づけて研究する必要があるだろう。

 一方、メディア史という側面からの研究も進んでいる。民間情報教育局は教育政策と情報政策の双方を担当しており、日本の民主化というGHQ/SCAPの政策にとってこれらは切り離すことができないものであった。山本や有山はそれぞれ、占領軍、とくにCIE情報課やG2の情報政策、メディア政策を詳細に分析している。映画もメディア政策とくに民主主義宣伝の重要な柱であったが、平野はこれを検討している。

3 図書館史における占領期研究の整理

3.1 第一期の研究

 占領期研究の嚆矢は、裏田武夫/小川剛『図書館法成立史資料』である。これは、占領期研究第一期に相当する重要な研究であり、その中心をなす解説文は小川の卒業論文として書かれたものであった。内容的には図書館法成立に関わる日本側の資料を丁寧に収集し、整理したものである。また、民間情報教育局の初代の図書館担当官(Libraries Officer)であったP.O.Keeney夫人から直接収集した米国側の資料も一部含まれている。小川は、この研究の後、先に触れた「戦後教育改革」のシリーズに「公共図書館」の項目を執筆し、戦前から戦後1960年代に至るまでの公共図書館史を概観している。

 1970年代までの研究としては、個々の図書館史や地方の図書館史で取り上げられる以外、めぼしい研究は行われていない。

3.2 第二期以降の研究

 その後の図書館史研究は小川による第一期の研究を超えることができていない。わずかに、原田、今、奥泉による第二期の研究成果を意識した研究がある程度である。資料集として『新聞集成図書館』に、占領下の図書館の活動を示す新聞記事の紹介がある。また日本図書館協会の結成100年を記念して編まれた『日本近代図書館100年史』の「地方編」は第一期に地域的に行われていた研究をより精緻にするものであり、地域によっては占領期の図書館活動を知る手がかりが与えられている。同「本編」はテーマ(たとえば、石井敦執筆の「日本図書館協会」)によっては、占領期研究への新たな踏み込みが見られるものの、全般的にはこれまでの研究の整理にとどまっており、「公共図書館」のように同協会の中心にあったテーマにもかかわらず、整理が十分でない項目もあってばらつきがある。

 見るべきものは館種別の図書館史にある。

 まず国立国会図書館は、1970年代の後半に正史30年史を刊行した。占領政策の落とし子と呼ばれるべき同館であるだけに、第一期の基本史料を押さえた記述が見られる。その後、同館の歴史については、次の5点が重要な成果である。

まず、酒井/鈴木は国立国会図書館法の成立にあたって重要な役割を果たしたV.W.Clapp/C.H.Brownの図書館使節の選考のプロセスや使節団の来日後の行動について、議会図書館のClapp Papersによって丁寧に跡づけていて、第二期占領史研究の始まりを告げるものである。春山は、同館の調査及び立法考査局がつくられたプロセスを佐藤達夫文書に探ると同時に、立法プロセスの科学化という政治思想が議会図書館を経てウィスコンシン州立図書館の立法レファレンスを創始したCharles McCarthyに遡ることができることを論証している。稲村は、同館憲政資料室の西沢哲四郎文書(参議院事務局長の後、同館専門調査員を務めた)に、国立国会図書館成立に関わる文書が含まれていることを発見し紹介している。

最近になって国立国会図書館法成立に関して詳細な研究が発表されている。小林は、同法成立に関わる議会資料(衆参図書館運営委員会議録等)、成立に関わった議会事務局関係者の原文書(西沢文書、近藤英明文書など)を使用して、成立のプロセスを丹念に跡づけている。原は西沢文書を利用して、とくに納本制度関係の条文においてClapp/Brownの原案が国立国会図書館法の条文になっていくまでの文章表現の変遷に詳細に考察を加え、同法で確立された納本制度の意義を確認している。特に、従来不明とされたクラップ/ブラウンによって1947年1月6日に法の原案が示されてから、2月4日に法が成立するまでの過程がかなりの程度明らかにされた点に意義がある。小林は羽仁五郎が最初から「真理がわれらを自由にする」という文言を前文に入れさせたという定説に対して、これが当初第一条にあったものだと述べているなど、従来の説の誤りも指摘している。

公共図書館関係の研究としては、これまで未公表であったが初代のCIE図書館担当者キーニー(Philip O. Keeney)の思想と生涯を扱った堀越崇の論文がある。これは、1970年代の後半の時点で入手できる日米の資料を駆使して行ったもので、とくに彼の図書館行政担当者としての仕事がそれ以前の彼の思想によって裏打ちされていたことを明らかにしている。

GHQ/SCAPの資料を使用しながらCIEの公共図書館政策を論じた横山による論文がある。この論文は、CIEの政策文書を用いて図書館政策を分析した初めての研究として評価できるが、個々の政策文書の執筆者や性格の相違が十分に捉えられていない点が惜しまれる。

学校図書館については、一次史料による研究ではないが、広松や塩見が占領期になぜ学校図書館運動が繰り広げられたのかをまとめている。

 今は、CIE図書館について日本側と米国側の資料を精力的に収集しながら、個々の図書館の活動を詳細に跡づける作業を継続している。

占領期のメディア政策と絡むものでは、藤原は占領期において行われた軍国主義的な出版物の自発的回収(焚書)や占領政策による没収のプロセスを、種々の資料をもとに実証的に解明した研究を発表している。メディア史研究の一環として先に触れた山本も同じテーマについて述べている。また、松本は、15年戦争において日本軍がアジアで軍事的に接収した資料の戦後の返還の動き、および、占領期に占領軍によって検閲のために没収された資料とその後の行方について詳しく分析した。戦争という非常時に図書館資料がどのような扱いを受けるのかという従来扱われていないテーマを検討したものである。

4 今後の研究の課題

4.1 占領期図書館政策研究の課題

占領軍による図書館政策は次のようなコンテクストに位置づけられる。

(1)戦争被害や戦争犯罪の事後処理

戦災による被害状況の調査、疎開された資料の所在調査など図書館資料を文化財とする視点からの調査が行われている。また、旧植民地や日本軍が一時的に占領していた地域における図書館資料の略奪、破壊などの行為に対する返還や補償の問題が検討された。この方面では、松本剛『略奪した文化』がすぐれた先行研究となっている。より進んだ研究は占領軍関係の一次資料がないとできないが、CIE文書(第U部参照)にはその関係の資料がいくつか見られる。

(2)言論統制の一環としての図書館政策

図書館は、直接的な検閲行政を執行するには不向きの機関であることは明らかであるが、占領体制下においてメディアの検閲体制が布かれるなかで、図書館もそれに巻き込まれた。それは占領軍から発せられ、日本の行政機関を経由して図書館にまで伝えられた戦時下の宣伝出版物の没収指令に見られる。これに関しては、上述のように研究が行われており、日本の図書館で自主的な焚書があったことや図書館に関しては複本のみの没収が指令されたのにも関わらず、行政レベルで1冊しかないものについても没収されたといった過剰反応があったことがわかっている。

指令そのものについてはすでに明らかにされている。今後は図書館担当官がこの指令とどのような関係にあったのかを解明する必要がある。さらに、日本の行政機関でどのように扱われたのか、また図書館ではどうだったのかといった日本側の資料収集による事例の収集が必要であろう。

(3)教育改革の一環としての図書館政策

第一次教育使節団の勧告から始まって、学校図書館の推進、図書館法の成立、大学図書館の改革などに見られる。従来、占領期の図書館研究といえばこの側面が中心であった。これらの館種ごとの動きは、大きくいって教育政策に分類されるとしても、実際には、初等中等教育、社会教育、高等教育という互いに異なった教育過程に関与するものであった。これまで個別にそれらの観点からの研究が行われてきたが、いずれの領域も研究はきわめて不十分であり、1970年で研究がストップしている。また、個々の館種にとらわれず、一貫した図書館政策があったのかどうかも問題になっている。

ただ、後に述べるようにこの2年間で日米にわたる資料収集を行いそれらの整理を行ってみて、従来、未解明であったことが一挙に明らかになるほどの新たな資料がまとまって得られているわけではない。資料は分散的にしか見つかっておらず、新たな事実があってもそれをきちんと位置づけるためには様々な傍証資料をさらに探る必要があるといえる。

とりあえずは、GHQ/SCAP内部で作成されていた公式の政策文書で図書館行政がどのように扱われていたかを検討する必要がある。それは、次のようなものである。出版されているか、後に述べるTrainor CollectionやEducational Reform in Japan, 1945-1952のマイクロフィッシュコレクションに収載されている。

(a)Education in Japan, 15 February 1946. 児玉三夫訳 『日本の教育 連合国軍政策資料』明星大学出版部 1983. 第一次教育使節団来日に向けて、CIE内部で作成した日本の教育体制や教育内容について分析した報告書。

(b)Report of the United States Mission to Japan, March 1946. (邦訳はいくつかあり) 第一次教育使節団報告書。このなかでは図書館行政について「成人教育」「高等教育」の部分で検討されている。また、学校教育の部分でも学校に必要な施設として一言触れられている。

(c)"The Public Library in the New Japan," Education in the New Japan, 15 August 1945 to 3 May 1947. CIEの教育改革を1947年までレビューしたもの。

(d)"Chapter XXII LIBRARIES," Education in the New Japan. Volume I Text. May 1948. 上記(c)をもとに大幅に改訂したもの。

(e)"THE PUBLIC LIBRARY," Developments in Japanese Education in the Terms of The Report of The United States Education Mission to Japan. August 1950. 第二次教育使節団の来日に向けてCIEで用意した報告書。

(f)"Libraries," Report of the Second United States Education Mission to Japan. Sep. 1950.第二次教育使節団報告書。第一次使節団の報告書と比べて学校図書館への言及がかなり多いのが目に付く。

(g)"School Libraries, ""The Public Library," Post-War Develpoments in Japanese Education, vol.I, April 1952. p.42-47, 291-298. 占領終了時においてCIE自ら教育改革の成果をまとめたもの。

(h)"Education," GHQ/SCAP. History of the Non-Military Activities of the Occupation of Japan, 1945-1951. Vol.20. 土持法一解説・訳『教育』(GHQ日本占領史) 日本図書センター 1996. 占領終了時にGHQ/SCAP全体の立場から、占領政策を総括したもの。執筆は民間史料局(Civil Historical Division)であった。

これらを骨格にすれば図書館政策を整理することが可能である。あとはCIE文書やCIEのWeekly Reportによって補うことができるはずである。

(4)政治改革の一環としての図書館政策

国立国会図書館法の成立は戦後図書館政策のなかでもっとも重要なエポックの一つである。そのなかでも政治改革という意味で重要なのは、調査及び立法考査局の成立や支部図書館制度の成立である。納本制度、とくに官庁刊行物の納本も関連して検討すべきである。これらについてはすでに挙げた先行研究が一定程度の成果を挙げている。今後は、GHQ/SCAP文書のなかで国立国会図書館に関わりの深いGS(民政局)関係の資料を分析することが必要である。また、民政局の国会課長であったウィリアムスの資料がメリーランド大学マッケルディン図書館にマイクロ化されている。これを用いることで戦後政治改革のなかで議会改革の位置づけ、そしてその中での国立国会図書館が成立した理由を明らかにすることができるだろう。

関連して、地方自治法第一次改正(1947.12)によって、その100条に地方議会図書室関連条項が設けられたが、これこそ国立国会図書館と同様の議会への情報提供・調査支援を地方自治体レベルでも実現させることを意図したものだと考えられる。これに関わったのはGSの地方行政課長ティルトンであったと言われている。

また、図書館法9条(図書館への政府刊行物の提供)が図書館を通じた政府情報流通体制の構想を一部実現したものであったことについて図書館関係者によって指摘されているが、その事情についてはその後検討されていない。地方分権における公立図書館の位置づけを考える上でもきわめて興味深いテーマであるといえる。

(5)アメリカ文化及び民主主義思想普及政策の一環としての図書館政策

CIE情報課が担当したメディア政策のうち、アメリカ文化を普及させる機関として全国22カ所に置かれたCIE図書館や重要なメディアとされた映画を収集管理、上映するための視聴覚ライブラリーが、図書館的な手法として注目される。これらについては、今後さらにCIE文書の調査が必要である。また、CIE図書館や視聴覚ライブラリーについては有名な割にどのように利用されていたかについての研究はきわめて少ないのが現状である。日本側の資料の発掘もいっそう必要であろう。

さらに、これらはCIEの情報課(Information Division)が担当したものである。1942年に設置された連邦政府の戦時情報局(OWI)は対国内、対外的な情報宣伝機関として、様々なメディアを駆使した活動を繰り広げた。情報課の仕事はこのOWIのメディア戦略をそのまま引き継いでいると考えられる。したがって、そのルーツは連邦政策の情報政策そのものにあるといえるので、どのような過程を経て図書館がそこに位置づけられたかも含めて研究する必要があるだろう。

(6)アメリカ図書館思想の文化的影響

最後に、これらを総合してアメリカ図書館思想(ライブラリアンシップ)が日本に一定の影響を与えたこと、それ自体を検討すべきである。アメリカでは1940年代に図書館学は知的装置として社会的認知を受けた。戦争遂行のメディアとして連邦政府において新聞、出版、ラジオ、映画とともに位置づけられた。軍隊には図書館が設置された。日本に導入された図書館学はそうした社会的事情を反映している。

慶應義塾大学に設置されたJapan Library Schoolは日本で最初のアメリカ式の図書館学教育をめざした教育機関であった。これ以外にもいくつかのルートでアメリカ図書館学が導入されたことは筆者がすでに明らかにしている。Japan Library Schoolについては、ALAとロックフェラー財団が支援をしたことから、下で述べるALA Archives (ALA文書)、Rockefeller Foundation Archives(ロックフェラー財団文書)を詳しく分析することが必要であろう。

これらのそれぞれを解明していくことが今後の課題であるが、(1)から(5)を通して、(6)のアメリカのライブラリアンシップがどのような形でわが国に影響したのかを総合的に把握することが最大の目的である。

その際に、図書館政策をどのようにとらえるべきかが問題になるだろう。占領軍に一貫した図書館政策はなかったという見方があるが、それを考えるときに次の3点について考察しておく必要がある。

まず、図書館を通じた文化普及がアメリカの外交政策の一環であると捉える見方が可能である。1942年に設置された連邦政府の戦時情報局(OWI)は占領地域や解放地域に図書館を設置する政策をとった。これにALAは積極的に協力する政策をとった。わが国のCIE図書館はその変形であったことは、今が指摘している。

次に、この時期のアメリカ社会が図書館を不可欠な社会制度として認知し、この考え方を日本にも当てはめようとしたということである。

アメリカの軍隊には、軍事活動のためのレファレンスサービスと軍人のレクリエーションを目的とした図書館が必ず備えられていたということである。占領軍には、部隊ごとに図書館がおかれていた。また占領行政を司ったGHQ/SCAPそのものにも、統計資料局(SRS後に民間史料局CHDと改称)という調査業務、図書館と文書館を兼ねた組織が存在した。各局ごとにもそのような組織が置かれていた場合がある。

 もう一点は、わが国ではあまり知られていなかったことだが、当時ALAの国際関係特別委員会(International Relations Board)がわが国の図書館について注目し、第一次対日教育使節団に図書館関係者を入れることを要請することから始まって、さまざまな働きかけをしていたという事実がある。その責任者は国立国会図書館の設立の際の図書館使節の一人、Charles H. Brown(アイオワ州立カレッジ図書館長)であった。これはいわば民間外交ということであるが、これまでALAの関与はほとんど指摘されていない。

 1940年代にはアメリカでは図書館を文化政策や外交政策の一環に位置づけたり、組織的活動のなかに位置づけたりということが行われていた。この研究は単にわが国の図書館史の一齣にとどまらずに、このようなアメリカ図書館そのものの社会的意義を考察し、その世界的な影響を研究することでもある。わが国の図書館政策がそうしたアメリカのマクロな文化政策に組み込まれたことを明らかにすることが最終的な研究目標になる。

4.2 史料の発掘

序文で述べたように、筆者はこれらの研究を行うために2種類の文部省科学研究費の補助を受けている。そのうち、本報告書は萌芽的研究「占領期における米国図書館の影響過程に関する比較思想的研究」に基づくものであるが、あわせて国際学術研究「戦後図書館政策に対する米国図書館思想及び実践の影響過程についての実証的研究」によって在米史料の調査も行ってきた。ここでは、それらによって明らかになった史料コレクションについて、現在確認できている主なものを紹介しておこう。

国内資料

・国立国会図書館憲政資料室所蔵 西沢哲四郎文書(オリジナル、憲法、国会法、国立国会図書館法成立に関する資料、なお国立国会図書館に関わる部分については同館でマイクロフィルム化が行われており、コピーを入手することは容易である。)

・国立国会図書館憲政資料室、東京大学総合図書館ほか所蔵 GHQ/SCAP文書  マイクロフィッシュ。占領軍の内部文書全般。第2部の資料編に解題および図書館関係資料の目録を掲載した。

・国立国会図書館憲政資料室、東京大学教育学部図書室ほか Joseph Trainor Collection マイクロフィルム、占領教育史全般、同じく解題と目録を参照。

・国立教育研究所教育図書室所蔵Wanamaker、Stevensほか米国教育使節団員およびCIE職員関係資料 これらの資料は1980年代中頃に文部省科研費国際学術調査の補助によって収集された資料の一部である。収集された資料の一部はまたマイクロフィッシュのコレクションとして頒布されている。21 これについても資料編を参照。

 

在米資料

Justin Williams, Sr. Papers(University of Maryland, College Park, Library) 国立国会図書館の成立に深い関係をもつウィリアムズの書簡やメモなど。現在、同館ではマイクロフィルム化して利用に供している。

Verner W. Clapp Papers(The Library of Congress, Manuscripts Reading Room) 図書館使節として日本を訪問したときの詳しい記録とLC館長ルーサー・エヴァンズ、夫人ドロシーにあてた書簡が残されている。同室では、コレクションのFinding Listを提供している。

ALA Archives(University of Illinois, Urbana/ Champaign, Library) ALAの国際関係特別委員会関係の資料がわが国の占領期の図書館政策を解明するのに重要である。同図書館付設文書館のホームページ(http://www.library.uiuc.edu/ahx/ala/cc/unit.htm )で概要をつかむことができる。また、Finding Listが用意されている。

Rockefeller Foundation Archives 関東大震災後の東京帝国大学図書館の復興をはじめとして戦前から日本の図書館に対する援助を行ってきたロックフェラー財団の関連資料。とくに戦後来日していくつかの図書館政策に深くコミットしたファーズ(Charles B. Fahs)関係、同財団が財政的な支援をしたJapan Library School関係の資料が重要である。

4.3 当面の研究課題

 新しい資料の発掘によって従来、日本側の資料によってしか語られず全容が不明であった図書館政策がどのようなものであったかを解明できる期待がある。当面、次のような方法で研究を推進していく予定である。

(1) GHQ/SCAPのCIE資料の整理

(2) ウィリアムズ、クラップらの個人文書の整理

(3) ALAやロックフェラー財団文書資料の整理

(4)日本側の資料との突き合わせ

(5)日米の関係者へのインタビュー

(6)日米における新資料の発掘

 これらによって先の4.1で挙げた6点の課題を順次解明していきたい。

 そうした研究成果が蓄積されたところで、現行の政策に対する示唆もえられるはずである。

(本稿は、「第46回日本図書館情報学会研究大会(青山学院大学)」での同題目の発表(1998年11月7日)をもとに、発表要綱原稿に加筆訂正したものである。)

 

占領史については膨大な研究がある。1980年代までの研究の状況を展望するのによいのが次の文献である。分野ごとに代表的な研究の参考文献が添付されている。袖井林二郎・竹前栄治編『戦後日本の原点:占領史の現在』2巻 悠思社 1992.

2 高柳賢三ほか編著『日本国憲法制定の過程』2巻 有斐閣 1972.

3 大蔵省財政史室『昭和財政史:終戦から講和まで』12巻 東洋経済新報社 1981-1984.

4 思想の科学研究会『共同研究日本占領』徳間書店 1972.

5 東京大学社会科学研究所『戦後改革』全8巻 東京大学出版会 1974-1975.

6『戦後日本の教育改革』 全10巻 東京大学出版会 1969−1976.

7 袖井林二郎『マッカーサーの二千日』中央公論社 1975.

8 竹前栄治『戦後労働改革』東京大学出版会 1982.

9 東京大学ではGHQ/SCAP文書が総合図書館の国際資料室を中心に置かれている。第II部の解題を参照。

0 GHQ日本占領史』(History of the Non-Military Activities of the Occupation of Japan, 1945-1951)全55巻 日本図書センター 1996- .

11『教育』(GHQ日本占領史)第20巻 日本図書センター 1996. p.176-180.

2勝岡寛次 戦後教育史関係文献目録(暫定版)1980-1995『戦後教育史研究』11号 1996、同 戦後教育史関係文献目録II(追加・補充)(1980-1996) 『戦後教育史研究』12号 1997.

3久保義三・土持法一 教育改革−戦後民主教育の幕開け 袖井・竹前編『戦後日本の原点−占領史の現在』(上) op. cit.

4 杉原誠四郎、ハリー・レイ、土持法一、高橋史朗、勝岡寛次 戦後教育史研究の10年を回顧して 『戦後教育史研究』10号 1995.

5 同上 p.2-5.

6 根本彰「戦後図書館学論」日本図書館情報学会研究委員会編『図書館情報学のアイデンティティ』(論集・図書館情報学の歩み 18集)日外アソシエーツ 1998.

7 鈴木英一『日本占領と教育改革』勁草書房 1983.

8 久保義三『対日占領政策と戦後教育改革』三省堂 1984.

9 阿部彰『戦後地方教育制度成立過程の研究』風間書房 1983.

20 土持ゲーリー-法一『米国教育使節団の研究』玉川大学出版部 1991.

2 『占領期日本教育に関する在米史料の調査研究』国立教育研究所 1988.

22 『戦後教育史研究』明星大学戦後教育史研究センター 4号− 1987-.

23 Hideo Satow et al.(eds) Educational Reform in Japan, 1945-1952. Part 1, Part 2. Congressional Information Research/ Maruzen. 1990, 1996.なお、この資料は索引がしっかりしている点が特徴である。索引に基づいて、図書館関係資料を抽出し、目録化を行ったものが、本報告書の第2部資料編に掲載してある。

24 「占領期社会教育史の研究(その1〜その4)」『社会教育研究年報』(名古屋大学教育学部社会教育研究室 第5号〜第7号 1986-1988.

25 J・M・ネルソン『占領期日本の社会教育改革』(日本占領と社会教育 I) 1990。 小川利夫・新海英行編 『GHQの社会教育政策--成立と展開』(日本占領と社会教育 II)大空社 1990. 小川利夫・新海英行編 『日本占領と社会教育--資料と解説』 (日本占領と社会教育 III)大空社 1991.

26 山本武利『占領期メディア分析』 法政大学出版会 1996.

27 有山輝雄『占領期メディア史研究』柏書房 1996.

28 平野共余子『天皇と接吻?アメリカ占領下の日本映画検閲』草思社 1998.

29 裏田武夫・小川剛『図書館法成立史資料』日本図書館協会 1968.

30小川剛 公共図書館 <碓井正久編『社会教育』(戦後日本の教育改革10)東京大学出版会 1971>p.459-580.

3 原田栄利子 占領期におけるGHQ/SCAPの図書館政策について 『静岡女子大学研究紀要』 22号 1992.

32 今まど子 日本占領と図書館 『紀要(中央大学文学部)』147号 1992.4 p.1-14.

33 奥泉栄三郎. 図書館政策 <明星大学戦後教育史研究センター編『戦後教育改革通史』明星大学出版部 1993 >p.361-374.

34 石井敦監修『新聞集成図書館』IV昭和戦後編 大空社 1992

35近代日本図書館の歩み』 本編/地方編 日本図書館協会 1993

36 『国立国会図書館三十年史』本編/資料編 国立国会図書1979-1980.

37 酒井悌・鈴木幸久 ヴァーナー・W・クラップと国立国会図書館 『図書館研究シリーズ』20号 1978

38 春山明哲 歴史のなかの調査局−ウィリアムズを手がかりとして 『図書館研究シリーズ』 No.24 1984 p.7-39.

39 稲村徹元 国立国会図書館法の制定過程と納本規定:西沢哲四郎文章に見る<議会と図書館>」『出版研究』22号 1992

40 小林正 国立国会図書館法制定史稿:国会図書館法の制定から国立国会図書館法の制定まで 『レファレンス』No.576 1999

4 原秀成 戦後改革と納入制度:出版物と電子情報の間隙『出版研究』28号 1997

42 本報告書第III部に転載している。

43 横山道子 占領期日本の公共図書館法制化をめぐる諸問題−CIEによる認識の分析『研究集録』(東北大学教育学部教育行政学・学校管理・教育内容研究室)24号 1994.その後横山は、CIE文書を使用してバーネットが担当していた時期の図書館法制定についての動きを探った研究を口頭発表している。横山道子 CIEと戦後日本の図書館法制『図書館文化史研究会ニューズレター』58号 1996 p.3-4.

44 広松邦子 戦後教育改革と学校図書館 『図書館年鑑』 1983 日本図書館協会 p.285-286.

45 塩見昇 戦後教育改革と学校図書館の制度化 『日本学校図書館史』 全国学校図書館協議会 1986 p.143-186.

46 今まど子 CIEインフォメーション・センターの図書館サービスについて――九州編 『図書館学会年報』vol.41, no.2, 1995, p.67-80.ほか 

47 藤原明彦 占領期における出版物没収と図書館 『図書館研究シリーズ』 No.32 1995 p.1-54.

48 山本武利 出版物没収と図書館<『占領期メディア分析』 法政大学出版会 1996>p.337-354.

49 松本剛 『略奪した文化』 岩波書店 1993

50 Ibid.

51 これは従来の地方自治法の成立に関する研究では十分に明確にされていないことである。さしあたって、立法に関わった人々の証言について『戦後自治史』第IV巻 自治大学校 1970, p.102-105を参照。

52 棚橋満雄 図書館法第九条と知る権利の問題によせて 『みんなの図書館』36号 1980.5

53 根本 op. cit. 参照。

54 Gary E. Kraske, Missionaries of the Book: The American Library Profession and the Origins of United States Cultural Diplomacy, Greenwood Press, 1987.

55 今まど子 アメリカの情報交流と図書館?CIE図書館との係わりにおいて 『中央大学文学部社会科紀要』156号 1994

56 John Jamieson, Books for the Army: The Army Library Service in the Second World War, Columbia University Press. 1950.

57 根本彰 占領初期における米国図書館関係者来日の背景--ALA文書ほかの一次資料に基づいて 『日本図書館情報学会誌』vol.45, no.1, 1999.