以下の論文は、『みんなの図書館』(図書館問題研究会)の1989年4月号から6月号
までに掲載されたものである。
1988年4月から翌年の1月までの10カ月間、文部省在外研究員として、米国ミシガ
ン州アナーバーにあるミシガン大学(University of Michigan) に滞在した。たまたまア
ナーバーの市立中央図書館のすぐ近くに住んでいたこともあって、ここにかなり頻繁に
通って情報収集を行った。そのときの体験は、その後の私の公共図書館研究の原点になっ
ている。
1994年4月にもう一度ここを訪ねたときには、本文中で書かれている増築がなされ、
かなり大きな図書館になっていた。
<2000年1月11日付記>
アナーバー公共図書館は1995年よりアナーバー・ディストリクト図書館(Ann Arbor
District Library)と組織変更している。従来アナーバー教育委員会が管轄していたもの
を独立して図書館ディストリクト(library district)を形成したものである。現在のホー
ムページは、こちらである。
日米の公共図書館の違いとは (II)
アナーバー公共図書館について
根本 彰
1.はじめに
筆者は昨年四月から今年一月までの十か月間、二度目のアメリカ滞在を経験した。前回
はアメリカといってもメインランドとは風土も歴史も大いに異なるハワイであったので、
この滞在では、前回の見聞が果たしてアメリカ全体にも当てはまるのかどうか確認してみ
たいと考え、もっともアメリカらしさが残っている土地である中西部を選んでみた。その
結果、前回見落としていたいくつかの重要なポイントに気が付いたので改めてここに発表
する次第である。本誌一九八三年五月号に掲載されているハワイの図書館についての報告
と合わせて、読んでいただければ幸いである。
今回の滞在地は、五大湖地方ミシガン州のアナーバー(Ann Arbor)という街である。
アメリカの中でも中西部はもっとも内陸にあり冬の気候が厳しい地域だけに、この国のも
っとも古い生活習慣を現在にまで残したところであると言われる。生活は質素で敬けんな
クリスチャンが多い。アングロサクソン的伝統を保持している保守的な地域である。大都
市を除くと、このような地域では図書館についても、いまだ伝統的な利用法が主流を占め
る。このことはこれから少しずつ述べていくことにしよう。
この街は、今では斜陽となってしまった自動車産業の街デトロイトから車で四〇分のと
ころにあり、ミシガン大学(あのアボット投手の出身校)という全米でも有数の大学のメ
イン・キャンパスがある地方都市である。この街の人口の約半数は大学関係者で占められ
ているので、その意味で半分は極めて特殊な学園都市の要素を持っているが、残りの半分
は、典型的な地方都市の様相も見せている。その街の図書館は、学究的な環境に位置づけ
られたことに基づく特殊性はあるにしても、典型的な中西部の中規模公共図書館と考える
ことができる。
ここでは成人に対するサービスに絞って、通常の図書館サービスがどの様なものである
かをありのままに報告してみたい。まずこの図書館の概要を紹介し、とくにコレクション
と住民に提供されるサービスに関してわが国の公共図書館と違う点をピックアップしてみ
たいと思う。必要に応じて滞在中に訪れた他の公共図書館の状況も交えて報告してみるこ
とにする。
2.図書館の概要
アナーバー市は人口一〇万八千人、面積が五〇平方キロメートルほどの中規模都市であ
る。人種別の人口構成比は白人八五%、黒人六%、ラテンアメリカ系一%、アジア系四%
で、白人が圧倒的に多いという点でも地方都市の典型と言える。近年、大都市にエスニッ
ク・マイノリティ、その郊外と中小都市には白人(いわゆるWASP)が住むというのが
基本的な居住のパターンになっているからである。ミシガン大学の登録学生数は三万四千
人、大学の教職員数は一万七千人である。1世帯当たりの平均年収は四万五千ドルであっ
て、この数字は全米平均の二万九千ドルをはるかに上回っていて、ここがきわめて裕福な
都市であることを示している。
中央館の全景
図書館は、ダウンタウンのメイン・ライブラリーと三館の分館、それに自動車図書館一
台の計五施設から構成されている。他にも、コミュニティー・センター、病院などに小規
模のコレクションが置かれているが、それらは全てボランティアによるサービスが基本で
ある。
西分館(ショッピングセンターの一角にある)
街の構造として注意しなければならないのは、アメリカの都市のダウンタウンが必ずし
も商業の中心ではなくなりつつあることである。郊外にショッピング・モールや大規模な
スーパーマーケットが点在し、ダウンタウンは市民が日常的に集まる場所としての地位を
追われてしまった。都市のスラム化と車なしでは考えられない生活様式がその原因である
。アナーバーはダウンタウン近くに大学があって学生が多く住んでいるのでまだよい方で
あるが、それでもそうした傾向は顕著にみられ、それに対応して分館のなかの二館がそう
したショッピングセンターの一角に置かれている。
<読書環境>
大学関係者が多いので他の同規模の都市に比べると、書店の数は圧倒的に多い。新刊書
店は大学のブックストアを含めてダウンタウン周辺に八軒、郊外に五軒の計一二軒が存在
する。これ以外に数軒の古書店がある。このなかで、ひととおりの学術書、専門書を置い
ている総合書店が一軒(在庫八万タイトルと称しているがアメリカでは最大級の学術書店
である)、人文系の新刊書を扱う学術書店が一軒と、この二軒が専門的な図書が入手でき
る書店で、ほかは教科書のみの販売か極めて一般向けのものをおいただけのものである。
この街に限らず一般的に書店を通じて購入できるのは、学術専門書については新刊のハー
ドカバー書と既刊のペーパーバックスの一部だけであり、あとは主として万人向けのもの
に限られる。東京の神田三省堂や八重州ブックセンターのような大規模書店はニューヨー
クなどの大都市にも存在しないようだ。
ミシガン大学の付属図書館は蔵書六〇〇万点で、全米でも有数の豊富なコレクションを
もち、大学の教育・研究用には十分な設備とサービスが提供されている。通常、大学の一
般教育や人文社会系の教育は、図書館の資料を閲読しタームペーパーと呼ばれる小論文を
書くことを中心に展開されるので、学生の利用はきわめて活発である。学期中の図書館は
夜の一二時まで開いており、夜の八時を過ぎると座席が一杯になるのは日本では考えられ
ない光景である。寮やアパートに住む学生が翌日の授業の課題をこなすために大挙押し寄
せてくるのである。(法律図書館は夜中の二時まで開館している。)
多分、研究者や学生が大学の研究や授業で使うものを公共図書館で探すことはあまりな
いのではないかと思われる。大学図書館がそれだけ充実しているし、公共図書館との機能
分担も明らかに存在するからである。これについては、コレクションのところで詳しく述
べることにする。
<図書館の管理主体>
図書館は、当市と周辺部の学校区を管理する教育委員会(Board of Education)が管轄
する。アナーバーの市域外には、いくつかのタウンシップと呼ばれる準自治体があり、そ
れらがアナーバーを中心に同一の学校区を形成している。そこに住む住民数は一二万八千
人ほどである。教育行政が、他の自治行政と別の単位によって行われているところに注意
したい。厳密に言えば日本の教育委員会制度は一枚岩の管理組織ではなくその上に議会が
存在するのに対し、ここの教育委員会は自治体から独立して教育行政のみを担当するので
ある。通常、図書館管理のための専門の委員会(Library Board)が置かれることが多い
が、ミシガン州内の自治体では、教育委員会が公共図書館を管理するという形態を採用す
るところが少なくない。
教育委員会は図書館長の任命から、図書館の内部規則、予算の決定等の一切の図書館行
政を担当する。しかしながら、教育行政の一部に位置づけられているため、委員会の議論
が学校教育中心になりがちで図書館のことが十分検討されないという、日本の図書館行政
においてしばしば聞かれるのと同様の批判が存在するようである。教育委員会下で運営さ
れているために、他の図書館で行われているような冒険的な取り組みが実施されにくいと
いうことは実際にあるのかもしれない。
教育委員会は月に3回水曜日の夜、メインライブラリーの会議室で開催される。これが
ケーブルテレビを通じて実況中継され、この地域一帯で視聴できるのも、地方自治のあり
かたを示しているようで興味深い。
<図書館諮問委員会>
「アナーバー公共図書館の目的、到達目標、運営、サービス、組織に関する政策を提言
、検討、評価する」ための図書館諮問委員会(Library Advisory Committee)が1955
年から設けられている。これは、教育委員会から6名、図書館友の会から6名、それ以外
に図書館長や教育長などの人々によって構成される。行政側と利用者側のメンバーがほぼ
同数になるように設定されているところからわかるように、利用者の要望が反映される場
として重要である。これは日本で言えば図書館協議会に相当すると考えればよいだろう。
<図書館友の会>
諮問委員会では利用者の組織として図書館友の会(Friends of the Library)がひとつ
の大きな力となっている。その事務局は図書館内に置かれ、会費(年間個人三ドル、家族
五ドル)さえ払えば誰でも会員になることができる。活動としては、古書市などの行事の
開催を行ったりして、図書館の側面からのバックアップすることが挙げられる。 そのひ
とつの事例として、昨年六月に行われたこの学校区における住民投票のことを紹介してお
きたい。これは毎年恒例のもので、教育委員の一部改選とその他の決議が行われた。投票
にかけられる決議のなかに、手狭になったメイン・ライブラリーを増築するため公債の発
行を認めるかどうかという項目が含まれていた。このようなときに、図書館友の会はこの
増築を支持する資料を作成して、来館者に配布した。その結果一九九二年までに、現在の
五〇〇〇平方メートルのこの建物にさらに、四三〇〇平方メートル余りを付け加えてサー
ビスを充実させることが決定した。
また友の会の仕事として、図書館ボランティアの組織化がある。病院図書館における図
書サービス、シャットインと呼ばれる在宅療養者、高齢者、身体障害者に対する配本サー
ビス、後に述べる文盲の人に対するチューターなどに従事するボランティアをつのり、派
遣している。また、たとえば図書館の様々なサービスの財政的援助をしたり、図書館員が
研修や専門職団体の会議に参加するときに旅費の援助するといったことも行っている。ま
た、寄付金を受けることによって、民間資金のバイパス役を果たしているということもで
きる。これについては、追い追い触れることにする。
<図書館財政>
財政的には、自治体、州政府、連邦政府の三種類の財源が主なもので、一九八六ー七会
計年度の二九二万ドルの決算額のうち、一万八千ドルが連邦、八万ドルが州政府からのも
のであり、他はすべて自治体内で調達されたものである。そのなかで特に大きいのが、財
産税によるものでこれが約二四〇万ドルになる。ほかに、駐車違反を主とする罰金による
収入(このなかに後に述べる資料返却の遅れに対する罰金額も少々含まれる)は個々の行
政サービスに分割されることになっており、図書館サービスに対しても年間一二万ドルが
配分され、無視できない財源となっている。
財産税というのは、自治体が、不動産他の財産の評価額にたいして、千分の一単位(こ
れをミルという)で課税するものである。その税率は支出の名目によって個々に決定され
る。図書館の場合には一ミル(評価額の五〇%の一千分の一)という税率になっている。
すなわち、たとえば一〇万ドル(約1300万円)と評価される土地家屋(この辺りなら
これで最低限の土地付中古住宅が購入できる)を持っているとすると、控除後の五万ドル
の一千分の一、つまり年間五〇ドル(約六五〇〇円)が「図書館税」ということになる。
この税率は数年に一度住民投票にかけられて決定される。ちなみに、一九八六年度の財産
税の税率は総枠で六八・九〇ミルで、この財産の持ち主は年間三四四五ドルの税金をはら
わなければならない。そのうちの五〇ドルが図書館運営に使われるわけである。
このように図書館の運営費用は、その自治体の住民で一定の財産を所有している人によ
って、当該行政サービスのために支出されるというかたちをとることに注意したい。こう
した目的税は、住民の側の納税者意識を強めるので、図書館の側ではそれに対応したサー
ビスの向上を余儀なくされるという効果をもたらす。またその地域に住んでいる住民の富
裕度によって財政状況が大きく左右され、それゆえ図書館サービスの質にも差が生じるこ
とになる。
<図書館への寄付金>
先に図書館友の会が財政的に図書館を援助することがあると述べたが、ここでもう少し
詳しく触れておこう。この組織は州法上の非営利団体として、それに対する寄付金に応じ
て所得税(州税である)が減税になる。すなわち寄付金相当額の半額が、個人で一〇〇ド
ル、法人で五〇〇〇ドルまでの範囲で所得税から差し引かれるのである。さらに、連邦税
においても減税措置が存在している。このような税制上の文化的事業優先策のおかげで、
地域によってはかなり多額の寄付金が図書館友の会に集まり、それが図書館の備品の購入
や特別の資料の購入にあてられることになる。 アナーバーには企業法人が多くないので
寄付の額は多いとはいえないが、それでも後述のビデオ・コレクションの購入基金は全国
的な文化財団から友の会を通じて寄せられたものである。また、デトロイト郊外のビジネ
ス地区にあるサウスフィールド公共図書館は、近隣の企業からの寄付金によってかなり大
きなビジネス資料やそれを検索するための機器が導入されている。また、友の会も積極的
に企業にPRしてそうした基金作りを推進している。
友の会は図書館と住民を結び付けるというのがもともとの出発点であるが、地域によっ
ては図書館と企業を結び付ける役割も果たしているのである。けれども、財団の基金で運
営されているニューヨーク公共図書館の研究図書館の例が端的に示しているように、アメ
リカの公共施設の運営のかなりの部分が企業の寄付金によってまかなわれるのは今に始ま
ったことではない。
<開館時間>
メイン・ライブラリーの開館時間は、通常、平日が午前九時から午後九時までで、土曜
の夜と日曜の午前と夜は短縮されるが、祝日以外には休館日はない。分館は平日が十時か
ら九時、土曜日が十時から六時までで日曜日は休館である。バケーションの季節である八
月はもう少し短縮されるが、日本の図書館よりはるかに長い時間、サービスが提供されて
いることがわかる。
3.貸出しサービス
貸出しは、アナーバー公立学校区の住民かその納税者であれば誰でも無料で受けること
ができる。別に住民登録のような制度はないから、筆者たちのような一時滞在の外国人で
も居住していることが証明できれば貸出しを受けることができる。それ以外の人で、貸出
しサービスを希望すれば、年間個人二五ドル、家族三五ドルで貸出しカードを購入するこ
とができる。もちろん、館内で資料を利用することは誰でも可能である。
貸出しの条件は資料の種類によって異なる。それを一覧したのが表1である。
資料
|
数量の制限
|
期間(週)
|
|
図書、楽譜
|
常識的な数
|
3或は、1主題につき5ないし1タイトルにつき5
|
カセット、レコード
|
それぞれ4
|
3
|
雑誌
|
3
|
1
|
パンフレット
|
6(1主題につき3)
|
1
|
地図
|
6(1主題につき3)
|
3
|
写真
|
21(1主題につき7)
|
3
|
コンパクトディスク
|
2
|
3
|
絵画、カセットブック
|
2(有料)
|
4
|
表1 資料の貸出し条件(成人)
貸出しを受けることは法的な意味での住民の権利といってよいけれども、権利は常に義
務をともなう。住民は、図書館から一定数の資料を一定期間借りだして個人的に使用する
ことができるが、たとえば、返却が遅れれば罰金支払いの義務が課せられる。遅れると、
一日につき図書や視聴覚資料類は一〇セント、雑誌やパンフレット類は五セント支払わな
ければならない。実際には、一日遅れ程度は大目にみているようであるし、資料一点の罰
金の限度額が決まっており(図書で四ドル)、額も小さいので大きな負担とはならないよ
うになっている。けれども、図書館が権利と義務の契約関係の中に位置づけられているこ
とがよく分かる例である。
また、他に予約者がいない限り、資料の貸出しの延長が可能である。これは貸出した図
書館以外の図書館でもできる。返却も同様にどこの分館でも可能である。
中央館の貸出カウンター
<予約制度と経済原則>
貸出しの予約に関しては日本の図書館と少々異なる。すなわち、予約できるのは貸出し
中の資料および、整理中の資料にたいしてだけである。コレクションに元々存在しない資
料に関しては、要求する権利はない。が、リクエストすれば発注される可能性はある。発
注するかどうかは選書の担当者が決定する。また、相互貸借によって他の図書館から借り
出せるかもしれない。さらに、予約は有料である。予約一件につき、二五セントが徴収さ
れる。予約された資料が図書館で利用可能になったなら、予約者に電話か郵便で連絡され
、一週間ほど別置されて予約者を待つ。
結局予約という制度は、資料利用の権利が平等に利用者に与えられるという原則を破っ
て、特定の利用者に対して優先的に利用する権利を与えるものと考えられている。したが
って、その優先権を得るための対価(ここでは通信費のみではあるが)を支払うことが要
求されるのである。わが国の「学習権の保障=資料提供の中核としての予約制度」という
理論構成からするととんでもないことといわれるかもしれない。けれども、アメリカには
、資料自体が有限なものでしかないとすれば、希少資源に対しては経済原則をあてはめな
ければ平等な権利の保障は不可能であるという認識がある。まさに「時は金なり」なので
ある。それに対し、日本の場合、資料要求が最終的に充足されればどれだけ時間がかかろ
うがかまわないという発想があるように思われる。どちらが真に「住民のため」のサービ
スであろうか。
<貸出図書>
図書のコレクションはもっとも基本的なものである。メインライブラリーは二階建ての
建物であるが、図書に関しては一階にフィクション、二階にノン・フィクションを配架し
ている。目録も同様に分割されている。
フィクションは、著者のアルファベット順に配架されている。ミステリー、SF、ウェ
スタンなどのジャンルは、別建てで配架されている。他に、ペーパーバックス・コレクシ
ョンとブラウジング用図書がある。これらは目録を取らない一時的コレクションで、軽い
読物が該当する。
フィクションの書架(ユ)目録(ヨ)
<貸出し資料の選択基準>
一般的に言って、アメリカの公共図書館は厳しい基準で資料の選択を行っている。アメ
リカでは日本を上回る年間五万点の図書が刊行されているが、その中で公共図書館が購入
するものは意外に少ない。ここアナーバーの公共図書館は分館を含めて一六万五千タイト
ル、四〇万六千冊の蔵書量を誇っているが、一年間に受け入れて登録手続きを経たものは
、複本や分館が重複して受け入れるものを含めても六二〇〇冊にすぎなかった(一九八六
年度)。メイン・ライブラリーが収集するものは三〜四〇〇〇冊程度であろう。児童書や
ベストセラーになった「良書」を除くと副本を購入することはあまりない(ウンベルト・
エーコの『薔薇のことば』の英訳本が数冊並んでいたのが眼に付いた)。
日本では、この規模の図書館なら年間1万タイトル以上の新刊書を購入すべきであると
考えられている。このあたりに、日米の図書館のもっとも大きな相違点のひとつが存在す
る。
アメリカの公共図書館の場合、住民の要求に応じた資料提供を行うといっても、そこに
はかなり厳格な選択基準が存在する。図書館の目標とするところはコミュニティにおける
健全なレクリェーションと自己教育の手段の提供(そして近年は様々な情報の提供)にあ
り、決して、書店のように顧客が要求するものをまったく無批判に提供する場ではない。
高度の学術書は必要ないとされる。他方、きわめて「低俗」とされるようなニーズが図書
館に向けられたとしても、それは出版産業の悪しき商業主義によってつくられたニーズだ
として無視する傾向が強い。リクエストは権利でなかったことを思いだしていただきたい
。特に、性に関わる表現にたいしては日本で考えられないほどストイックな面が存在する
。それでも、ベストセラーの類が収集されていないわけではないが、要求が強いからとい
って副本をたくさん用意することはない。その点、日本の公共図書館の場合は、その辺の
寛容度がもっと高く、できるだけ住民が直接要求してきたものに沿ったサービスをしてい
こうとしているようである。
この問題については、アメリカでも論争があり、もっと利用者の直接的な要求に積極的
に対応していくべきだという意見もあるようだ。しかしながら、アナーバーの図書館のよ
うにハードカバーの図書を中心にコレクションをつくり、ペーパーバックスや商業主義が
生み出した「際物的な」図書の類は永久的なコレクションに含めないという態度は広く普
及しているように思われる。この態度は、古典主義とニーズ対応主義をうまく折衷したも
のだといえる。どこの図書館にいっても書架に置かれている図書は比較的古いものが多く
、はやりすたりとは別の基準による「良書」によってコレクションをつくっていこうとい
う意思が感じられる。
アナーバーは違うが、図書館の中には、「レンタル・コレクション」と呼ばれる、専門
業者と継続的に賃貸契約を結んで入手したベストセラー書のコレクションによって、新し
いポピュラーな図書に対するニーズにこたえようという方針をとっているところもある。
そのような資料は一定の時期が過ぎてニーズがなくなるころは業者に返却することになる
(購入することもできる)。
図書館によっては、その種の図書を一日につき一〇セント程度を払って借り出す有料制
にしているところも少なくない。このような場合、このコレクションに含まれている資料
と同一のものは通常の貸出しコレクションにも存在しているのが普通である。こちらの図
書はもちろん無料であるが、利用できるようになるまで待たされることになる。他方、レ
ンタルコレクションにおいては貸出しの優先順位を獲得することに対して対価が支払われ
る。言い換えれば、ベストセラーのように一度に要求が集中し、通常待たなければ借りら
れない図書の待時間を購入することが可能なのである。これは資料予約の有料制とまった
く同じことであり、無料提供が原則の通常の公共図書館運営に、これまでとは異なる原理
に基づいて有料で提供されるサービスが少しずつ増えつつある。
<非識字者と図書館>
成人用基本読書コレクション(Adult Basic Reading Collection)というのは、極めて
アメリカ的な社会現象に対処しようというものである。アメリカはいまだもって多くの移
民を受け入れており、そのなかには英語の読み書きができない人も多い。歴史的に言って
もアメリカの公共図書館は識字教育を補助する役割を担ってきたわけだが、それは今もっ
て続いているのである。このコレクションは面白くてかつ易しい英語で書かれた図書を集
めて、普通の図書と同様に貸出しできるようにしているものである。図書は、文章の難易
度に応じてカテゴリー化してある。
アメリカでは現在、識字教育(そしてリテラシーそのもの)についての議論が盛んにな
っている。かつてアメリカ市民になることは英語の読み書きができることを意味したが、
特にラテンアメリカからの移民が著しく増えて、最近では大都市に行けばスペイン語が第
二標準語のように扱われるようになっている。このようにエスニシティとアメリカニズム
をどのように調停するかが議論されているが、利用者の直接のニーズに直面せざるを得な
い図書館としては、この問題に対して二種類の方法で対処しようとしている。ひとつは、
アナーバーのように英語の識字教育を側面から支えることであり、もうひとつは、それぞ
れのエスニシティを反映させたコレクションを充実させることである。どちらをとるかは
、その地域に住む住民の民族構成によって違ってくる。
<デトロイトの外国語資料コレクション>
後者の典型として、デトロイト公共図書館のダウンタウン分館の外国語資料コレクショ
ンがある。デトロイトは自動車産業の衰退により、アメリカの中でももっとも荒廃した都
市のひとつとなってしまった。犯罪率がニューヨークを凌いで全米で最高という状況であ
る。このようなことから、もっとも活発な図書館利用者である白人の中産階級はほとんど
デトロイト郊外の住宅都市に出ていった。筆者の経験でも、日中ですらダウンタウンを一
人で歩くのはやや勇気がいる状況である。ニューヨークやロスアンゼルスのダウンタウン
も相当ひどいがまだ活気があるのに対して、ここは何か病的な感じがする。
そういう状況において図書館が生き残る有力な方法のひとつとして考えられたのが、こ
の街に残って住んでいる多数の移民ないしその子孫に資料を提供することである。かれら
はいまだ自らのエスニシティを維持したままデトロイトに住んでいる。この分館はその名
の通りダウンタウンの真ん中にある。外国語資料コレクションは、世界中で出版物が発行
されている言語のほとんどを網羅したのではないかと思われるほど、多様な言語(約六〇
言語)の図書を言語ごとに集めている。比較的多いのはドイツ語、フランス語、イタリア
語などであるが、デトロイトの民族構成を反映して北欧や東欧、ソ連内の少数民族(アル
メニア、エストニア)、ギリシアなどの見慣れない言語の本も多数おかれていた。日本語
のものも数百冊あったが、その集め方から見ると、気軽に読めるフィクションを中心にし
ており、かなり古いものが多かったが日本語の活字に飢えている人には格好の読物が揃っ
ていると思われた。それにしても、多方面の外国から移民が集まってくる大都市における
公共図書館の運営の難しさを思い知らされる例である。
<新聞と雑誌>
アナーバー公共図書館の資料に話を戻すと、一階にあるものでほかに重要なのは、新聞
と雑誌である。アメリカの新聞には、日本の三大全国紙の様なものは存在しない。経済紙
であるウォールストリート・ジャーナルを除くと、後は都市を単位に出ている地方紙(日
本の県のような広域のものでもない)である。そのなかで、ニューヨーク・タイムスは唯
一全国紙的な位置付けができそうな影響力があり、全国どこでも購入できる。アメリカ人
のコミュニティ意識の養成にこの地方紙の果たす役割は大きいと思われる。なぜなら、全
国的あるいは国際的な記事は常に地域的な話題を補完するものとしてしか現れてこないか
らである。その地域の多くの人が同じ地方紙を読み、スーパーの広告を見たり、三行広告
を利用して様々な物品の購入や交換等を行ったりしている。
図書館では、地元の新聞アナーバー・ニューズ以外に、デトロイトを初めとする近郊の
都市、全米の大都市の新聞を購読している。そのなかでアナーバー・ニューズは一九〇九
年から、ニューヨーク・タイムスは一九五〇年からのマイクロフィルムを保管している。
雑誌に関しても日米には大きな違いがある。もっともポピュラーな雑誌の購読の方法と
して、アメリカでは年間予約が普通である。たとえば日本語版もある週刊誌ニューズウィ
ークは店頭売りが一冊二ドルであるが、年間予約購読(郵送になる)すると四〇ドル程度
で、一冊が一ドル以下になる。業者によってはさらに半額近くまでディスカウントすると
ころもある。アメリカのポピュラー雑誌の発行部数が百万部を超えるのがざらで、多いも
のは一千万部を超える理由はここにある。新聞がローカルな単位で読まれるのに対し、雑
誌は全国レベルで読まれているのが特徴である。
アナーバーのメイン・ライブラリーで購入している雑誌は約七〇〇誌で最新刊以外は館
外に借り出せる。この規模の図書館が購入する雑誌は、主としてニュース、評論、生活、
趣味、スポーツ、ファッション等の一般的なものばかりである。この数では、学術的なも
のを含める余地はほとんどない。
ほとんどの雑誌は過去5年分が現物で保存され、二階の開架の書架に並べられる。一般
雑誌の索引誌リーダーズガイド(Readers' guide to periodical literature)に採録さ
れているような情報源として重要な雑誌は、さらに長期間、閉架書庫に保存されるか、マ
イクロ形態(多くの雑誌の創刊号からのマイクロ・フィルムないしマイクロ・フィッシュ
版が市販されている)で保存される。この索引誌は日本には対応するものが欠けているも
のであるが、極めて一般的な雑誌一八六誌に掲載された年間五万点の記事について著者と
主題から検索できるものである。これと雑誌のバックナンバーを組み合わせると、一般的
なニュース事項や全国的なイベントについての情報を入手することができるようになる。
この種の情報源は、新聞記事より巨視的、専門的だが、一冊の図書にまとめられることは
ないような種類の貴重な情報を利用することを可能にしてくれる。このことは、レファレ
ンスサービスのところでもう一度触れる。
雑誌のバックナンバー
<レコード・カセット・CD>
約一万五千点の聴覚資料があり、貸出しの対象となっている。CDは最近入ってきたば
かりなので、まだ数は多くない。ちなみに、アメリカでは日本よりCDプレーヤーの普及
は遅れているようで、この種のメディアの普及度は再生装置の普及度と比例して、カセッ
ト、レコード、CDの順になるだろう。けれども、劣化しないという点で今後、図書館資
料としてのCDの重要性は高まる一方であろう。
メディアが扱っているジャンルは、クラシック音楽を中心にジャズ、ロック、カントリ
ーソング等の音楽が多い。ヒットチャートにのるような最新のポピュラー・ミュージック
があまり置かれていないのは、ベストセラーの図書の扱い以上に厳しいものがある。ここ
には、公共図書館がポピュラー・カルチャーに対してとっているスタンスがはっきりと現
れている。
おそらく、聴覚資料は図書以上に直接的に感覚にうったえるものであるために古典的な
、あるいは定評のあるものを中心としたコレクションづくりが行われるのであろう。図書
のように、ハードカバーを長期的に提供し、ペーパーバックスは一時的なサービスにとど
めるというような使い分けも今のところはなされていないが、これは、たとえば、一時的
なカセットテープと保存用のCDというようなかたちで可能であろう。
<ビデオテープ>
この図書館ではビデオテープも少々所蔵しているが、昨年末まで貸出しはしていなかっ
た。しかしながら時代の流れというか、今年の初めから一部のコレクションに限って貸出
しが始まっている。現在のところ、商業映画のような娯楽的なものではなく、文学、芸術
、科学等のノンフィクションに限られ、数も二〇〇本程度である。貸出しは三日間可能で
無料であるが、返却の遅れに対する罰金は一日三ドルとかなり高い。。
滞在中に訪れたミシガン州内の図書館の多くは、かなりの点数のビデオ・コレクション
(その多くは商業映画をビデオ化したもの)をもっていて貸出しをしており、その内の約
半数は一日一ドル程度の有料制を採用していた。レンタルビデオ店と違う点は、料金が低
廉なこととコレクションの内容(名作映画と教養的、実用的なものを中心にしている)に
あると思われるが、この種の資料になると公共図書館と他の商業的な施設との違いが徐々
に不明瞭になっていくようだ。
<楽譜と演劇台本>
その外のコレクションとして興味深いものに楽譜と演劇の台本がある。いずれもそれ自
体を読むのではなく、利用者の文化活動に役立てるためにある。楽譜は合唱のための歌集
である。演劇台本は、演劇サークルのためというよりも、「観劇のお供に」と説明されて
いる。市立劇場があって常時何かが上演されているし、大学のホールでも上演されること
がある。
<複製画のレンタル・コレクション>
最後に、重厚な額縁に入ったかなり大判の複製画コレクションの借り出しが可能である
。現在保有数が二五〇点で、版画、油絵、ポスターなど各種揃っている。これはいうまで
もなく、部屋の装飾のためのもので、図書館が市民の文化的環境づくりに役立とうとして
いることがわかる。この貸出しは有料で、一点につき一か月で一ドルである。
4.レファレンス・コレクション
貸出しをせずに館内で調べもののために利用するレファレンス用資料は貸出し用資料と
別に置かれている。百科事典、年鑑、言語辞書、名鑑、ハンドブック、統計書などのいわ
ゆる参考図書については一般向けのものを網羅している。レファレンス・コレクションの
ポイントは新しい情報を提供することである。毎年、新しい版が出るものがきわめて多い
領域であるが、必ず最新のものがおかれている。それは分館においても同様で、小規模館
でも最新版が備えられていた多巻ものの参考図書をいくつか挙げると、ブックス・イン・
プリント(日本書籍総目録のアメリカ版)、ワールドブック百科事典、アメリカーナ百科
事典、エンサイクロピディア・オブ・アソシエーションズ(団体名鑑)、カレッジ・ガイ
ド(大学名鑑)、トマス・レジスター(企業名鑑)、フーズ・フー・イン・アメリカ(人
名鑑)などがある。これらはそれぞれ数百ドルはするものであるが、これらを毎年買い換
えることが、図書館の提供する情報の質を高めることにつながると考えられているようで
ある。
レファレンスデスク(常時2名の職員が座る)
基本的なレファレンス・ツールを一通りそろえた上で、とくに住民の生活上のニーズに
対応したコレクションをつくっていこうという観点から、教育とか法律、家事、趣味、レ
ジャーなどの領域に重点が置かれている。その際、必ずしも参考図書に限られず、各々の
領域の情報を簡単に把握できるような解説書やマニュアルの類がいっしょに配架されてい
る。たとえば一般人向けの法律の実務的解説書のシリーズが置かれている。また、旅行の
ガイドブックは貸し出しコレクションに最新のものが用意されているが、レファレンスの
書架にも同じものが置かれていて、いつでも利用できるようになっている。
<雑誌記事索引>
書誌や索引の類は多くはないが、当館が所蔵している資料を確実にカバーするようにな
っている。たとえば、雑誌記事索引については、先に述べたようにリーダーズ・ガイド(
Reader's guide to periodical literature)に採録されている雑誌はほとんど所蔵して
いる。ほかに備え付けられている索引には、美術索引(Art index)、教育索引
(Education index)、人物索引(Biography index)、ビジネス雑誌記事索引
(Business periodical index)などウィルソン社から刊行されているものがあり、これ
らは所蔵雑誌のかなりの割合をカバーする。ウィルソンの索引が優れている点のひとつ
に、刊行頻度が多く、それがさらに1年ごとに累積されることがある。少ないもので季
刊、多いものではリーダーズ・ガイドのように年に17回刊行される。これらが、次の年
度になると早々に1冊に累積されて利用できるようになる。これらの索引があるために、
雑誌のバックナンバーがよく利用されている。
<記事索引の機械化>
長らく、学術誌以外の雑誌記事索引はウィルソン社の独壇場であったが、ここ10年ほ
どの間に状況が大きく変わった。当館には、インフォ・トラック社のマガジン・インデッ
クス・プラス(Magazine index plus)と呼ばれるCD−ROMの雑誌記事索引が導入さ
れている。CD−ROMは周知のようにパッケージ系のメディアで、オンライン検索のよ
うに時間と料金を気にすることなく検索をすすめることができ、冊子体のものよりはるか
に複雑な検索を短時間にすることができるので、図書館への導入が期待されているもので
ある。このデータベースは一般誌約400誌の過去4年分の記事索引とニューヨーク・タ
イムスの過去2か月分の記事索引を提供し、1か月に1度更新される(CD−ROMを交
換する)。リーダーズ・ガイドより広い範囲をカバーするので、以前のマイクロフィルム
版で提供されていたときから利用する公共図書館が多かったものである。筆者の利用して
の印象では、概してウィルソン社の索引の方がていねいにつくられていると思われるが、
キーボードを叩くだけで数年分を同時に検索できるデータベースの便利さにはかなわない
。
検索はキーワードによって容易におこなえるので、利用者が自分自身で操作することが
できる。検索結果をプリンターで印字することもできる。利用時間が20分以内という制
限があるが、利用は無料であり、空いているときいつでも利用できる。現在のところ、こ
のデータベースの年間の正式料金は12回の更新を含めて3000ドルだそうで、通常の
冊子体の索引の20倍以上の費用がかかるわけだが、今後参考図書の類がCD−ROMに
おきかわっていくことは必至の状況である。ウィルソン社も、取られたマーケットの奪回
をはかろうと、これまで冊子体で提供してきたものをすべてCD−ROMでも提供できる
態勢をとろうとしており、さらに索引誌リーダーズ・ガイドの個々の項目に抄録をつけた
リーダーズ・ガイド・アブストラクトを刊行し始めたところである(CD−ROM,オン
ラインでも利用可能)。
<記事自体の提供>
前にも触れたが、記事索引は記事そのものが手近に入手できるときに初めて有用なツー
ルとなる。当館ではバックナンバーに関して現物を保存したり、マイクロ資料に置き換え
たりして常に利用可能な態勢にしている。しかしもっと進んだ装置を導入しているところ
もある。
デトロイト郊外のいくつかの中規模図書館を見学したとき、たいていマガジン・インデ
ックスのマイクロ版かCD−ROM版が置かれていた。特筆すべきは、そのなかのいくつ
かの図書館が、索引情報だけではなく検索された記事のマイクロ・フィルムを同時に利用
できる機械を導入していた。つまり、索引を引いて特定の雑誌記事を検索し、そこについ
ている識別番号によって、傍らにある専用の棚からカセット状のマイクロフィルムを取り
だし、それを機械にいれて番号を入力すると、必要とした記事の参照頁が画面に現れると
いう仕掛けである。コインを入れるとペーパーコピーも取れる。
現物が用意されているのはすべての雑誌ではないようだし、もっとも古いもので198
0年にさかのぼれるに過ぎないが、索引とマイクロフィルムの組み合わせは利用価値が高
い。索引自体がCD−ROM化されているので、おそらく近い将来、記事自体も光ディス
クで提供されるようになるだろう。電子出版の技術を図書館が主体的に利用できる基盤が
アメリカにおいては、このようにレファレンス・サービスへの導入というかたちで存在し
ていると考えられる。
<新聞記事索引とクリッピング>
マガジン・インデックス・プラスにもニューヨーク・タイムスの記事索引が一部収録さ
れているが、この新聞社からは冊子体の記事索引が刊行されており、それも古いところか
ら検索できるようになっており、先に述べた保存用のマイクロフィルムと一緒に使えば、
多くの情報をもたらしてくれる。地元のアナーバーニューズの記事索引は、1977年以
降の分がマイクロフィッシュで刊行されている。しかしながら図書館はそれとは別に、地
域的な主題に関する記事のクリッピング・ファイルを作成して、利用者の便宜をはかって
いる。記事は件名によって配列されている。
<パンフレット・ファイル>
日本の公共図書館ではあまり重要視されているとは思えないが、きわめて貴重な情報を
提供するものとしてパンフレットのコレクションがある。パンフレットは政府機関や自治
体、各種の団体や企業から刊行されているもので、ある特定の狭い主題に関して、最新の
情報を的確に分かりやすく伝えてくれるものである。そこで伝えられる情報は一過性のも
のであり、継続的に新しいものに置き換えていかなくてはならないものばかりである。当
館のコレクションは約一〇〇個のバーチカルファイル・キャビネットに収められ、アルフ
ァベット順の件名配列になっている。所蔵パンフレットの数はおそらく数万点になると思
われる。数百ある件名は、全米の主要都市名、州名、国名、ミシガン州内の自治体名、シ
アーズの件名標目表からとられた一般件名、最近の話題となっている主題(例えば、AI
DS)などからなる。このAIDSという主題であれば、政府機関から刊行されているA
IDS撲滅キャンペーンのパンフレットや地元の保健所の啓蒙パンフレット、医学関係の
団体からだされたものなど多数が収集されている。このコレクションには、各地の観光協
会や州政府の観光局から出されている旅行やレジャーのパンフレットも多く集められてい
る。
パンフレットコレクション
こうしたコレクションをつくるには、常に刊行情報に気を付けていなければならないが
、図書と違って組織的に把握するのはなかなか難しい。ウィルソン社からはそうしたパン
フレットの刊行情報誌バーチカルファイル索引(Vertical file index)が毎月刊行され
ているので、利用しているようである。パンフレットの件名にたいして、ノンフィクショ
ンの件名目録から参照が出されているので図書とうまく使い分けることができる。
<その他のレファレンス・コレクション>
一般的に分館も含めてどこの公共図書館にも置かれているコレクションとして、大学の
入学案内(カタログ)、電話帳、地図、写真のコレクションがある。大学案内は全米の主
要大学の学部ごとの概要と入学の手引きについて、マイクロフィッシュで市販されている
ものがあり、それを提供している。ミシガン州内の大学の案内は現物資料も同時に収集し
、提供している。アメリカでは、大学入学後に他大学へ移ったり、何年か職についた後に
大学院に入学したりすることがごく当然のこととされているので、そのための情報源とし
てこの資料はよく利用される。
電話帳は、全米の主要都市、ミシガン州内のほとんどの都市、外国のいくつかの都市の
ものまでそろっている。これもきわめて利用率の高い資料の一つである。一枚ものの地図
もミシガン州内を中心に、各州、外国とそろっている。日本の五万分の一のような規格地
図ばかりではなく、用途に応じた各種の地図が用意されている。写真資料は様々な主題に
ついての一枚ものの絵や写真、イラストレーションのコレクションである。一枚一枚ラミ
ネート加工され、件名標目によってアルファベット順に配列されている。
上のパンフレット資料と地図、写真資料は貸出しの対象にもなっている。
<消費者情報コーナー>
アメリカは消費者団体の力が強い国で、一般の消費者もそういう団体が流す情報には敏
感である。たとえば、車、電気製品、カメラなどの耐久消費財に関して、コンシューマー
・リポート(Consumer report)のような雑誌が発表する商品テストの結果はその商品の
売行きに大きな影響を与える。
図書館の消費者情報コーナーは、二連のテーブルの上にその種の資料を並べただけの簡
単なものではあるが、アメリカ消費者連盟の機関誌や商品ごとのテスト結果をまとめた年
刊の出版物など関連のものをすぐに調査できるようになっている。たとえばアナーバーニ
ュースの三行広告欄で中古車を買おうという人が、ここにきて当該車種の性能や適正価格
などを調べている姿をよく見かけたものである。ここでは、食品の安全性や各種製品の回
収(リコール)に関する情報も得られる。コンシューマーズ・インデックス(Consumer's
index)はどんな雑誌に個別の商品の商品テストが掲載されているかを知るための検索ツ
ールでやはりこの棚の上に置かれている。ここの資料は貸出ししない。各分館にもほとん
ど同じ規模の消費者情報コーナーが置かれていた。
消費者情報コーナーを利用する人
<ビジネス情報コーナー>
同じテーブルを消費者情報コーナーと向かいあわせに使っているのがビジネス情報のコ
ーナーというのもおもしろい。ここは、ビジネス、投資関係の資料がまとめて置かれてい
る。ウォールストリート・ジャーナル をはじめとする経済関係の新聞とエコノミストを
はじめとするビジネス関係の雑誌は一階ではなく、ここに置かれている。他にはビジネス
や投資のための会社名鑑や各種のルーズリーフの情報誌が備えられている。
このコーナーとは別に、アナーバー地域のビジネスに関する情報がローカル・ビジネス
ファイルによって提供されている。これには、この主題についての新聞記事、地元企業の
年次報告書、要覧、プレス・リリース等の資料が企業のアルファベット順にファイルされ
ている。これら二種類のコレクションによって、ビジネス関係の情報は全国レベル、地域
レベルを問わず、豊富に利用できることになる。これらの資料を整備しレファレンス質問
に答える専任のビジネス・ライブラリアンがおり、アナーバー・ビジネスガイドという収
集資料をリストした小冊子も刊行している。
西分館のビジネス/消費者コーナー
(分館にも一通りのコレクションがそろっている)
ビジネスコレクションはあまり商売気のないまちアナーバーだからこの程度の規模であ
るが、一般的に言えば、大・中都市の図書館で現在もっとも力が入れられているサービス
の一つがこのビジネス・サービスといってよいほど盛んである。この種の資料は大量に刊
行されていることも事実である。図書館向けの解説書も何冊か刊行されるようになってい
る。大都市の主題専門化された中央図書館でもっとも賑わっているのはビジネス資料の部
屋であるし、特にビジネス地域をかかえる中規模都市ではこれがサービスの中心の一つと
されている例もある。前にも触れたように、地域の企業の寄付金がこのサービスを支えて
いる場合もあるようである。
<政府刊行物コレクション>
政府刊行物は、パンフレットと図書に分けられている。うちパンフレット形態のものは
パンフレット・ファイルに入れられ、図書形態の政府刊行物はレファレンス・コレクショ
ンの近くに、連邦政府、州政府、アナーバー市に分けられ、そのなかで政府機関ごとに分
類されて配架されている。
アメリカの図書館において、政府刊行物が重要な資料であることは、その寄託図書館制
度(deposit library system)が存在することから推測することができる。これは、政府
刊行物が発行されるたびに、自動的に無料で図書館に送付される仕組みである。政府刊行
物は政府が保持する情報を伝える重要なメディアであることから、住民に直接サービスす
る図書館がそのアクセスの窓口として機能するものである。つまり一種の情報公開のため
の制度であると考えられる。たとえば、ミシガン州には約五〇館の州政府寄託図書館があ
る。また、連邦政府刊行物の寄託図書館は、全米に約一三〇〇館存在し、そのなかで各州
二館はすべての政府刊行物を受け入れ保存することになっている地域寄託図書館に指定さ
れてる。地域寄託図書館以外は収集するものを自由に選択できる。こうして、五万人程度
の都市なら必ず州政府と連邦政府の主要刊行物が図書館(公共ないしカレッジ)を通じて
利用できる仕組みができあがっているのである。
当館は、州政府刊行物の寄託図書館となっていて、多くの刊行物が寄せられている。同
じアナーバーのミシガン大学図書館が連邦政府刊行物の地域寄託図書館となっているので
、連邦政府の刊行物については重要なものを収集するにとどめられている。市の刊行物に
ついては特別の法制度は存在しないようだが、重要なものの確保は試みられている。
<地域資料>
地域的な資料もまた、図書形態のもの(レファレンス・コレクションに多く含まれる)
、パンフレット形態のもの、地図形態のものはいずれもこれまでに述べたコレクションの
いずれかに含められて収集されている。特に、地域資料コレクションとして別置されてい
るわけではない。日本のように出版社の多くが中央に集中しているのではなく、全国各地
に点在しているので、「地域」資料と「全国」資料は明確に分けられないのである。もう
少し規模の大きな図書館になると、独立した地域資料コレクションを形成しているところ
もある。
とくに、移民によって構成されているアメリカ社会では祖先の系譜をたどる調査研究が
一般市民(とくに退職した高齢者)のあいだで盛んなため、公共図書館のなかにもそうし
た調査用のコレクションを用意しているところがある。
当館で作成している地域資料の補助ツールとしては、これまで述べた新聞切抜きやビジ
ネス・ファイル以外に、アナーバー団体ファイルとアナーバー歴史的建造物ファイルがあ
る。前者はアナーバーに存在する団体についての情報を定期的に集めカード・ファイル化
したものであり、後者は歴史的に興味深い市内の建造物に関する新聞、雑誌、図書に関す
る情報をカード化したものである。
<分館のレファレンス・コレクション>
先に参考図書の例を少し挙げたが、分館のレファレンス・コレクションはメイン・ライ
ブラリーのものを小型にしたものを想像すればよいと思う。すなわち、基本的な参考図書
にバーチカルファイルのキャビネットが数個、アナーバー市関係資料のキャビネット、消
費者情報コーナーとビジネス情報コーナー、リーダーズガイドのバックナンバー等によっ
て構成されている。購読雑誌は八〇〜一〇〇誌くらいで、過去数年のバックナンバーも揃
えられている。これだけ揃っていれば、住民の身近な情報ニーズにこたえることができる
。
5.サービスを支えるもの
<目録>
これらの多様な資料を検索するための目録についても触れておこう。前に述べたように
、フィクションとノン・フィクションの目録は別になっている。これ以外に、聴覚資料の
目録と児童書の目録がそれぞれのコレクションのところに置かれている。すべて伝統的な
カード目録である。
アメリカの図書館の目録は、いわゆる辞書体目録(dictionary catalog)である。すな
わち、一点の資料にたいして、著者、書名、複数の件名標目、シリーズ名等のエントリー
を作成し、それらをアルファベット順のファイルに混配するものである。一点の資料に平
均四〜五の標目が作られるので、目録入力される資料が三〇万点はあるから、カードの枚
数は少なくとも一二〇万枚程度になると思われる。特に、ノンフィクションの目録が大き
いことは言うまでもない。コレクションがかなり大きいので、目録はなくてはならない検
索道具である。とくに、主題から検索できる件名目録がよく利用されているようだ。常に
複数の利用者が目録を引いているのを見掛けたが、日本の中小規模の図書館にはあまり見
られない光景である。
ノンフィクションの書架(ユ)、目録(ヨ)
(書架に本がびっしり入っていることに注意)
現在、目録がカードからコンピュータへの移行期であることは、アメリカでも同様であ
る。ただアメリカの場合、システムで取り組んでいるところは一挙にオンライン閲覧目録
(OPAC)にならずに、まず収集プロセスを電算化し、その副産物としてできる書誌情
報をCOM化して、マイクロフィルム目録を利用している図書館が多い。マイクロ目録と
いっても、利用者がボタンを押せば目的のところが容易に検索できるように機械化されて
いるものである。アナーバーは電算化が遅れているが、それでもカード目録の多くをOC
LC(オンライン電算図書館センター)という電算書誌情報処理のシステムを利用して作
成している。このようにしてデータが蓄積されれば、自動的にコンピュータ目録に移行で
きるはずである。同じミシガン州内でもすでにOCLCを通じてオンライン目録を導入し
ている公共図書館協力組織がある。
<サービス態勢と職員>
これだけの資料を収集し、整理して、レファレンスサービスにあたる図書館員は分館も
含めて八〇人である。そのうち、専門職が二〇人、それ以外が60人(これはパートタイ
マーの職員も含んでいる)である。専門職というのは、ALA(アメリカ図書館協会)の
認定を受けた図書館学校で大学院レベルの図書館学教育を受けて修士号(MAないし
MLS)をもっている人のことである。マスター・コースといっても、フルタイムの学生
であれば1年で取得できる。なかには、パートタイムの学生として在職しながら数年かけ
て学位を取る人もいるのがアメリカらしいところである。専門職とそうでない人との職務
の違いは、病院における医師とそれ以外の検査技師や看護婦の職務の違いに近いものと考
えればよいであろう(そこまでははっきりと分担ができているわけではないが)。特に図
書館長クラスの職員は全国的な専門職の人材マーケットから選ばれてくるので、仕事に対
する情熱は強いものがあるが、反面、十分に責任を果たせなければやめさせられることに
もなる。
中央館全体で利用者が資料の利用や探索に関して疑問をもったときに、質問をすること
ができる職員は全部で4つのポイントに5人配置されている。入った1階のフィクション
の書架と目録の前にインフォメーションのデスクがあり、ここではフィクションや新聞雑
誌関係の質問に答えてもらえる。1階の奥には児童室があってここのデスクには常時専門
職員がいてあらゆる質問や相談にのる態勢ができている。また、2階に上がっていくとノ
ンフィクションの書架の前にインフォーメーション・デスクがあってノンフィクション関
係の質問にこたえる。同じ2階の半分はレファレンスサービスのエリアでここにはレファ
レンスライブラリアンが常時2名すわっている。
1階のインフォメーションサービスデスク(↑)
児童サービス室と専門職員(↓)
このうち1階と2階のインフォメーションのデスクはアシスタントと呼ばれる準専門職
の仕事であり、児童とレファレンスは専門職の仕事である。また、貸出カウンターにおけ
る貸出や返却の処理および登録事務は基本的にクラークと呼ばれる職員の仕事である。一
般にパートタイマーが交代で担当している。
<図書館協力>
ミシガン州内の公共図書館(場合によっては大学図書館や専門図書館も含めている)は
合計約二〇の地域組織をつくって相互に協力しあっている。その費用は主として、州政府
の支出によってまかなわれている。アナーバー公共図書館は、近隣のいくつかのカウンテ
ィの公共図書館と共にヒューロン・バレー図書館システム(Huron Valley Library Syste
m)を形成している。このシステムの本部は次に述べるウォシュトナウ・カウンティ図書
館(Washtenaw County Library)におかれ、専任職員九人(うち専門職二名)によって運
営されている。システム自体のコレクションは図書三〇〇〇冊、視聴覚資料一〇〇〇点ほ
どに過ぎないが、主な仕事は、資料の相互貸借と小規模図書館への援助である。また、O
CLCへの州単位の参加と協力の窓口になっているミシガン図書館コンソーシアム(Mich
igan Library Consortium)の地域組織でもある。
アナーバー公共図書館が所蔵していない資料は、このシステムを通じて近隣の図書館で
所蔵の有無を確認され(といってもアナーバー以外は小規模のものが多いのであまり役に
立たないかもしれないが)、そこで得られないときは、ミシガン図書館コンソーシアムを
通じて州立図書館や州内の他の公共図書館(たとえばデトロイト公共図書館)の所蔵が調
べられ、さらにOCLCやほかのツールによって、議会図書館や全国の図書館のコレクシ
ョンが検索されることになる。
州内の他の協力組織のなかには、オンライン目録情報の提供、集中整理、レファレンス
・ツールの作成や協力レファレンスなどの仕事を行っているところがある。たとえば、デ
トロイト大都市圏の二つのカウンティに属する公共図書館が構成するWOLF(ウェイン
・オークランド図書館連盟)は集中的な収集整理を行うセンターをもち、個々の図書館が
購入できないような高価な資料の収集やフィルム/ビデオ・ライブラリーの運営を行って
いる。また、その時々の話題になったものや地域的なテーマについて、新聞・雑誌から記
事を転載し、文献目録をつけた小冊子(Information Packet)を刊行し、新たなレファレ
ンス資料の開発を行っている試みが注目される。
<視覚障害者サービス>
個々の公共図書館は高齢者むけの大活字本をそろえている程度で、視覚障害者のための
サービスは特に行っていない。その代わり各カウンティには身体障害者のための図書館が
存在する。ウォシュトナウ・カウンティ図書館はそうした役割を果たす図書館で、アナー
バーの郊外にある。資料としては、点字図書や大活字本が少々ある以外はカセット、ディ
スクに図書の内容を朗読して録音したトーキング・ブック(talking book)と呼ばれる資
料である。この種のサービスは議会図書館を中心にして連邦レベルで整備されている。毎
年、二五〇〇点のトーキング・ブックと七五タイトルの朗読雑誌が新しく利用可能になる
。
この図書館で利用できる資料の目録が刊行されている。資料サービスは郵送で行われ、
一切無料である。法的に往復の郵便料金は免除される。また必要な機器も無料で貸し出さ
れている。
<州立図書館>
州立図書館はミシガン図書館(Library of Michigan)と呼ばれており、昨年新館が完
成したばかりである。州庁のある一角から五〇〇メートルほど離れたところに建てられた
超モダンな施設に、州立歴史博物館、文書館とともに併設になっている。全体の半分が図
書館で、残りを他の二施設が分けあっている。州立図書館としては全米で二番目に大きい
そうである。
アメリカの州立図書館はレファレンス・ライブラリーと基礎自治体図書館のバックアッ
プを兼ねる日本の都道府県立図書館とは求められている機能が少々異なる。州政府は州に
おいて地理的な意味で中央にある都市におかれていることが多いので、必ずしも大都市に
はない。ミシガンの場合はランシングという人口一三万人ほどの都市におかれている。ま
た、大規模なレファレンス・ライブラリーは大都市の中央図書館であり、ミシガンにおい
てはデトロイト公共図書館がもっとも大きい。したがって州立図書館は何のためにあるの
かというと、第一に、州政府の職員のためのレファレンス・ライブラリーであり、第2に
は州内の公共図書館(員)のバックアップである。このことはコレクションにはっきり現
れている。まず、連邦と州政府刊行物が全体の半数を占める。次に、社会科学系のレファ
レンスコレクションが充実している。そして公共図書館が収集するような領域の資料があ
る程度の深さ(研究コレクションではない)で確保されている。また、図書館情報学関係
の資料はかなり網羅的に集められている。
もうひとつ付け加えておくべきことは、州内の主だった都市には州立大学(10大学)
が存在し、その図書館は州民に公開されている。貸出しは有料になる(アナーバーのミシ
ガン大学で年間貸出し券が一〇〇ドルだそうである)が、館内での利用は自由である。こ
のことは、研究的資料も市民の身近に存在していることを示している。
6.まとめ
公共図書館の思想は英米において生み出され、また発展してきたものである。わが国の
図書館もそれらの影響を強く受けてきたわけだが、なぜかそれらの全貌は紹介されず、一
部のサービス、一部の機能のみが強調されてきたような気がする。これまで、見逃されて
きたアメリカの公共図書館のサービス水準が如何なるものか知ることは、今後、わが国の
図書館サービスを展開する際の参考になるはずである。読者にお願いしたいのは、ここに
紹介した図書館像がアメリカの図書館のひとつの典型として受けとってほしいということ
である。図書館サービスは如何ようにも多様に展開できるわけだが、アメリカではこのレ
ベルのサービスがひとつのスタンダードとなっているということである。
アナーバー公共図書館を同規模の都市の図書館と比べると、必ずしも最良のものとはい
えないにしても、質的にも量的にも平均以上の図書館ということが出来るだろう。人によ
っては、サービスが若干保守的に過ぎるという人もいる。たとえば、ビデオテープの貸出
し、オンライン情報サービス、政府刊行物の提供、コミュニティ情報(I&Rサービス)
等の点で確かに遅れをとっている感はある。けれども、とくに新しい試みをしているわけ
ではないが、伝統的なサービスを着実に行っている点で評価できるのではないかと思われ
る。
最後に、いくつかの論点を箇条書にまとめておこう。
(1) 公共図書館サービスの最近の傾向
伝統的なレクリエーションと自己教育のための資料提供に情報サービス的な機能が加わ
ったものが、現在のアナーバー公共図書館の基本的機能である。前者は日本で言えば、各
種資料の貸出しサービス、後者はレファレンス・サービスということになろう。近年、貸
出し資料はメディアの多様化に対応して印刷資料から録音・録画資料へ広がりを示してい
る。また、情報サービス的機能はかつて考えられなかったような規模で推進され始めてい
る。もうすでに、地域の伝統的な教育・文化機関としての図書館の枠組みが取り払われて
いるところもある。そこにはビジネスの論理が入り込み、必要によっては有料で高度なサ
ービスが提供されている。
(2) サービスの基本的構成
日本では極端にいえば、資料は図書に限定されている。雑誌もあるが数は少ないし、バ
ックナンバーの保存はさらに不十分である。適切な記事索引がないので、レファレンス・
コレクションとして利用することができない。中小図書館のレファレンスサービスについ
て云々されて久しいが、はっきり言って市販されている図書だけに頼ってレファレンスサ
ービスをしようというのは無理な話であろう。一般的にアメリカの公共図書館では参考図
書以外に、少なくとも閲覧目録(件名目録)→図書、記事索引→新聞・雑誌、バーチカル
・ファイルの三つのレベルの情報検索ができるようになっているのである。これらはそれ
ぞれ異なったレベルの情報を提供して相互に補い合っている。日本ではこれらのいずれも
が不十分かまったく利用できない状態である。
アナーバー公共図書館のの利用統計を見てみると、分館やBMを含めて一年間に約一〇
〇万点の資料が貸し出されている。これは住民一人あたり平均8点の資料を利用している
計算になる。しかしながら、これまで紹介してきたサービスの多様さからいっても、この
数字に現れた利用状況は全体の一部にすぎないことがわかるであろう。実際、メイン・ラ
イブラリーで見ていると、資料の貸出しを受ける人は来館者全体の半数ほどにすぎない。
雑誌、新聞の閲読や図書のブラウジングといった利用以外にも、レファレンス・コレクシ
ョンの利用、様々なインフォメーション・ファイルやパンフレット、地図類の利用、ビジ
ネスや消費者情報コーナーの利用など、何らかの目的を持って「調査」をしている利用者
は少なくない。多様な利用は、多様なサービス体制から生まれることは言うまでもない。
(3)公共図書館の制度
図書館財政は、主として住民からの財産税によってまかなわれる。大雑把に言えば、不
動産をもつ裕福な住民が一世帯当たり数十ドルから数百ドルの「図書館税」を払い、それ
によってすべての住民が平等にサービスを受けられるという一種の福祉サービスの形をと
っている。図書館サービスにかかる費用は住民一人当たり年間約二〇ドルである。
年間の経常費約三〇〇万ドル(=四億円弱)は、日本ではこの規模の自治体としては例が
ない程の額であるが(浦安市で三億円程度)、アメリカでは多い方であるにしても例外的
なものではない。この違いはサービスの厚みの違いとなって現れているといえるだろう。
図書館の管理は、教育委員会が行う。九名の委員の選出は公選制である。住民からの要
求は、図書館諮問委員会を通してある程度は図書館行政に反映される仕組みである。図書
館長以下の専門職員は、全国的な人材市場を通じてリクルートされてきた人々である。図
書館をめぐるポリティックスには、図書館運営を自治体行政のひとつとして処理しようと
する教育委員会、図書館の専門的サービスを展開させたい専門職員、そして図書館を地域
振興の核として全面的振興をはかろうとする図書館友の会による三極構造が存在するよう
である。
(4) サービスの多様性
年間の予算額の配分は、人件費が五五%、資料費が一二%、維持管理費八%、その他二
五%となっている。提供されているサービスの割りに資料費が少ない(三一万ドル=約四
〇〇〇万円)のは、図書館の役割が単に自然に集った資料を提供するだけではなく、資料
収集と整理のプロセスにおいて図書館員が何らかの付加価値を与えることであると認識さ
れているからである。詳細な目録の作成、各種のレファレンス・サービスの提供はそれを
示している。無料か、極めて安価なパンフレットや政府刊行物が貴重な情報源になるのも
、まとまったコレクションつくりにあたる図書館員の人的サービスによるところが多い。
このように、図書館サービスの中心には、多様なサービスを提供する図書館員がいると考
えられている。
(5) 公共図書館のネットワーク
広域の図書館協力組織がカウンティや州を単位にしてできあがっている。けれどもこの
ような組織が生きるのは個々の図書館が一定レベル以上のサービスを提供しているからで
あると思う。どんな小さな町の図書館に行っても、分館に行っても、貸出しコレクション
以外に住民のニーズに合わせた基本的な参考図書やバーチカルファイル資料類が用意され
ており、最低限のレファレンス・サービスができるようになっている。住民がどの様なニ
ーズを図書館に要求するかは、サービス態勢のいかんによって異なってくるので、個々の
図書館のサービスの方向付けがきわめて重要なものとなるのである。
それに「公共」的な図書館のネットワークを構成するものは実は公共図書館に限らない
。学術的な情報については公開されている州立大学図書館の存在がかなり大きいものであ
る。人口が三万人くらいあれば短期大学の一つくらいは存在するし、規模は小さくなるが
どこにでもあるコミュニティ・カレッジも図書館をもっている。明確に、相互協力の関係
をもっているわけではなくとも、利用者にとってはそれらの図書館は利用の目的によって
使い分けられているのである。これは現代的意味でのネットワークであろう。
(6) 公共サービスと有料制
図書館サービスは自治体による公共サービスの一つである。それがいかに崇高な理念
から出発していようとも、現実の政治経済のなかで機能せざるをえない。無料原則もまた
義務教育と類似の理念で図書館サービスがはじまったことを示すものであっても、必ずし
も現実的なポリシーではなくなりつつあるようである。図書館サービスが多様化して、必
ずしもそうした理念に支えられたサービスばかりではなくなっているのである。サービス
受容の公的側面と私的側面のバランスが変わりつつあるともいえる。本稿で紹介したもの
のなかでも、絵画の貸出し、資料の予約は有料であり、他の図書館ではビデオテープやベ
ストセラー類の貸出しを有料にしているところがあった。住民以外に対する有料の貸出し
カードの作成、返却の遅れに対する罰金などもそうした傾向の例である。受益者負担の原
則が徐々に浸透しつつある。
既に述べたように、主な財源が目的税による徴税に基づいていることも図書館サービス
の経済性を意識させる原因になっていると思われる。すなわち、だれがサービスの対価を
負担しているのかが明確であるために、図書館サービスの意義が負担者に問われると同時
に利用に応じた負担も強調されるようになるのである。
(7) 図書館産業の存在
このような図書館運営を支える外的な要素として忘れることができないのは、目録情報
処理のOCLC、雑誌記事索引のウィルソンやインフォ・トラック、出版情報のバウカー
、図書館専門の取り次ぎであるベイカー&テイラーなどの「図書館産業」ともいえる機関
の存在である。また、新聞や雑誌、レファレンスコレクションをマイクロ形態で提供して
くれるサービス機関も図書館にとって重要である。それらの多くは私的企業である。筆者
は昨年七月にニューオーリンズで開かれたアメリカ図書館協会の年次総会に出席して、そ
の展示場に出品している企業の多さに驚いた。これらが図書館サービスの水準を支えてい
ることも事実である。公共図書館一万五〇〇〇館(わが国では一八〇〇館)、大学図書館
四八〇〇館(同九〇〇館)、専門図書館一万一〇〇〇館(同二〇〇〇館)がつくり出す市
場は、図書館を単なるひとつの文化的ないし知的な社会機関であるのにとどめず、複雑な
政治経済のなかに位置づけることを否応なく強いるのである。